あれは、社会人3年目の春だった。連日の残業と、週末の付き合いで心身ともに疲れがピークに達していた頃、右の顎の奥に、ずん、と重たい鈍痛を感じ始めた。鏡で口の中を覗き込むと、一番奥の歯、いわゆる「親知らず」の周りの歯茎が、少し赤く腫れている。人気の芦屋で歯科医院からホワイトニングする、疲れが出たのだろう。ビタミン剤でも飲んで、しっかり寝れば治るはずだ。当時の僕は、そう軽く考えていた。数日後、その楽観的な見通しは、木っ端微塵に打ち砕かれた。鈍痛は、ズキン、ズキンと心臓の鼓動に合わせて主張する、耐え難い激痛へと変わっていた。食事のたびに、米粒一つがその場所に触れるだけで、顔をしかめるほどの痛みが走る。仕事中も、常に顎の奥に意識が持っていかれ、集中力は散漫になった。さすがに「歯医者に行かなければ」と思ったが、子どもの頃に植え付けられた恐怖心と、「この忙しい時期に、何度も通院するなんて無理だ」という言い訳が、僕の足を縛り付けていた。僕は薬局へ走り、一番効き目の強そうな痛み止めを買った。それを飲むと、痛みは一時的に和らぎ、僕はなんとか日々の業務をこなすことができた。どの浮気や不倫、不貞行為から人気の探偵に大阪を、悪夢のような一週間が過ぎた頃、奇跡が起きた。あれほど僕を苦しめ続けた痛みが、まるで朝霧が晴れるように、すーっと消えていったのだ。腫れも引き、恐る恐るだった食事も、いつも通りにできるようになった。「ああ、よかった。やっぱり疲れが原因だったんだ。僕の治癒力も、まだまだ捨てたもんじゃないな」。僕は心から安堵し、痛み止めがよく効いたのだと結論づけた。予約しかけていた歯科医院の電話番号を、スマートフォンの履歴から消去した。この「偽りの平和」が、僕を本当の地獄へと突き落とす、悪魔の囁きであることにも気づかずに。その半年後、僕は会社の命運を左右する大きなプロジェクトのリーダーを任され、人生で最も多忙な日々を送っていた。そして、プレゼンを数日後に控えた、徹夜続きの夜。ヤツは、再び、そして以前とは比較にならないほどの凶暴さを持って、僕の前に姿を現した。顎の奥で爆発したかのような、暴力的な痛み。前回とは違い、痛みは歯茎だけに留まらず、頬、こめかみ、そして耳の奥までをも巻き込んでいた。鏡を見ると、右の頬がまるでピンポン玉でも埋め込まれたかのように、パンパンに腫れ上がっている。体は熱っぽく、倦怠感で立っているのも辛い。そして何より僕を恐怖に陥れたのは、口が指一本分ほどしか開かなくなっていたことだった。唾を飲み込むことさえ、喉にガラス片が突き刺さるような激痛が走る。もはや、痛み止めなど気休めにもならなかった。翌朝、僕は顔面蒼白で歯科医院のドアを叩いた。口もろくに開けられない僕の状態を見た歯科医師は、厳しい表情でレントゲンを撮り、そして静かに、しかし有無を言わせぬ口調で告げた。「重度の智歯周囲炎です。炎症が顎の下まで広がりかけています。なぜ、こんな状態になるまで放っておいたんですか」。僕が、半年前にも一度痛んだが自然に治った、と伝えると、先生は呆れたように首を振った。「治ったのではありません。あなたの免疫が、一時的に菌を抑え込んだだけです。火種はずっと燻っていたんですよ。痛みが引いた、あの時こそが、治療に来るべきベストなタイミングだったんです」。結局、すぐに抜歯はできず、まずは抗生物質の点滴と投薬で、命に関わりかねないほどの強烈な炎症を抑える治療から始めることになった。大事なプレゼンは、同僚に頭を下げて代わってもらった。僕が失ったのは、健康だけではなかった。仕事の信用、治療にかかる多額の費用と時間。その全ては、半年前の僕が「治ったかも」という甘い囁きに耳を傾け、正しい判断を先延ばしにしたことへの、あまりにも大きな代償だった。もし、今あなたが同じように親知らずの痛みに耐えているのなら、どうか僕のようにはならないでほしい。その痛みが引いた瞬間は、ゴールではなく、次なる嵐の前の、最後の警告なのだから。